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観光スポット:種河神社


信仰に関係なく、多くの人が訪れる新家地区の氏神さまになっている。
 戦国時代が終わり徳川時代になったころ、この地域では長い間の住民どおしの争いが決着できずにいた。寛永5年(1628)に新家村の争いはやっと手を結ぶことになった。その時に、この種河神社が三谷(みたに;現在の新家地区)全体の社となった。いわばここは融和のシンボルである。
 その10年ほど前の元和5年(1619)に荒尾谷の祇園天王を移し迎え、元和9年に社殿を建て、付近の樫木権現・荒尾天王・千森権現の三神を収め、種河大明神が誕生していた。
 踊躍山の山腹にあった勝手社(井手先家一族の菩提寺)は、明治10年に合祀され、その灯篭が残っている。
 明治の合祀令で水木神社、白山神社も合祀された。
 この神社の年中行事は、歳旦祭・とんど祭・節分の湯神楽神事・祇園祭の茅の輪くぐり・秋祭の子供みこし・新嘗祭などで、新家の風物詩でもある。写真にも見えるが、菊の紋章がある。

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